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世界中の乾癬患者とつながって、
世界規模で、乾癬をとりまく社会環境の改善、
乾癬患者のQOLの向上に努めたい

山下織江さん

 

栃木県で会社員をするかたわら、患者会活動に励む山下織江さんは、13歳という多感な頃に乾癬を発症しました。留学、結婚、出産、育児を経た今、「乾癬をとりまく社会環境を改善したい」と啓発活動に取り組む山下さんが、今までどのように彼女自身の乾癬と向き合ってきたか、教えていただきました。

 

山下さん01 ― 山下さんはお若いときに乾癬を発症されたそうですが、その頃はどう受け止めていましたか
山下:中学一年生の頃、頭からフケのようなものがたくさん出るようになって、近所の皮膚科を何度か受診して、乾癬と診断されました。当時は、乾癬がその後の人生にどんな影響を及ぼすかなんて想像もできなかったので、「面倒な病気にかかってしまったな」くらいに思ってましたね。

 

― 中学生と言ったら多感な時期だと思いますが
山下:腕や脚にも症状が出るようになったので、夏でも長袖長ズボンで、とにかく乾癬のことは必死で隠していました。でも、一方では、病気から目を背けたい気持ちがあって、治療には真面目に取り組まなくなっていました。なので、乾癬はどんどん悪くなって、全身に広がっていきました。

 

― 進学で親元を離れてからはどうでしたか
山下:一人暮らしを始めると、さらに病院から足が遠のきました。症状が悪化した時だけ病院に行くのですが、処方された薬を塗り、治療効果に満足せず、病院を変えるということを繰り返していました。治らないのは医者の治療が悪いからだと考えていました。
それから、アメリカに留学したのですが、その間はほぼ無治療だったにもかかわらず、なぜか乾癬がよくなるという経験をしました。このことでますます医療への不信感が高まりましたね。

 

山下さん02― 2人のお子さんが治療と真剣に取り組む大きなきっかけとなったそうですが
山下:子どもたちが成長して活動範囲が広がっていくと、私の乾癬のせいで我慢をさせているのではと気になり始めたのです。特に上の子はプールや海が大好きだったのですが、私は乾癬で荒れた肌を見せたくないので、一緒に楽しむことができなくて、なるべく行きたくなかったんです。
実は、妊娠、出産後は子どもへの影響を考えて、自己判断で薬を控えていました。それに夫の転勤で引っ越したので、知らない土地での育児の疲れやストレスもあってか、乾癬がまた悪化してしまいました。それでも医療への不信感が勝って、病院へは行かず、第二子を出産した頃にはかなりひどい状態になっていました。
でも、子どもたちはどんなに私の肌がボロボロでも私に触れることが大好きで、優しくいたわってくれることもありました。そんな子どもたちを前に私は初めて本気で「乾癬を治そう」と思うようになりました。

 

― 山下さん自身にもたくさん諦めてきたことがあったのではないですか
山下:私は空が大好きで、大学3年生の時に気象予報士の資格を取って、テレビ局のお天気キャスターのアルバイトをしていたことがあります。でも、「乾癬がある私がテレビに出てもよいのだろうか」という思いがずっと付きまとって、自分に自信が持てなくて、好きな仕事でしたけど、続けていくことを諦めてしまいました。そんなこともあったので、子どもたちには私の乾癬のせいでやりたいことを我慢させるのは絶対にいやでした。

 

山下さん03― 本気で治療に取り組み始めてどう変わりましたか
山下:塗り薬に加えて、光線治療も受けるようになって、以前よりはよくなりました。小さな子ども2人を連れて毎週通院するのは本当に大変でしたが、子どもたちとの楽しい思い出を作りたいという一心で、「もっとよくなりたい」と頑張りました。ただ、私の「もっとよくなりたい」と先生の「よくなった」が合っていない気がしてきて、でも「もっとよくなりたい」は高望みなのかなと思って、先生にお話しすることはできませんでした。

 

― 患者会に参加するようになって、いろいろなことが分かったそうですね
山下:患者会には医師も参加しているので、お話しする機会がありました。そこで初めて自分の悩みを医師にざっくばらんに相談してもよいということ、医師にも「患者を治したい」という強い気持ちがあることを知りました。乾癬のような慢性疾患の場合、適切な治療効果を得るには、医師との信頼関係が不可欠であるということも学びました。バイオ製剤のことを知ったのも患者会です。治療を開始すると、あっという間に症状が改善しました。

 

― 正しい情報を得ること、医師との信頼関係を築くことが重要なのですね
山下:今の主治医にはなんでも話せます。特に女性の先生なので、子育ての話や女性特有の悩みなんかも気軽に相談しています。先生は私にとって心強い存在です。今は3か月に1回の通院をしながら、フルタイムで仕事をしています。ストレスで症状が悪化することがあるので、先生と相談しながら、無理せず働くようにしています。
私の場合、医療への不信感から妊娠、子育て時期に自己判断で治療をやめてしまったという失敗経験があるわけですが、今、女性の乾癬患者さんにお伝えしたいのは、ぜひ心を開いて医師によく相談してほしいということです。そうすることで、最適な治療方法はきっと見つかると思います。

 

山下さん04― 今、山下さんはご自身の治療を続けながら、患者会活動もなさっています。製薬会社にはどのようなことを期待していますか
山下:主に3つあります。まず、患者は常に再発の不安を抱えています。バイオ製剤の種類が増えてきたとは言え、薬が効かなくなる可能性もありますし、薬の使いやすさも改善の余地があると思います。製薬会社には今後も研究開発を進めていただきたいと思います。
2つ目は、疾患啓発の推進です。特に日本では乾癬の社会的認知や理解が進んでいないので、患者は乾癬の苦しみに加えて、偏見や差別とも向き合っています。疾患啓発は医療界や製薬会社との協力、連携が不可欠なので、今後も取り組みを続けてほしいと願っています。
そして、3つ目は、メンタルヘルスへの理解と支援です。メンタルヘルスは10月29日の「世界乾癬デー」の国際乾癬患者会連盟(IFPA)のテーマにもなりました。乾癬と心の健康は密接に関係しています。乾癬など慢性疾患の患者への精神的な支援がさらに広まるよう、疾患領域を超えた取り組みにも期待しています。

 

― 最後に、今の夢を教えてください
国内だけでなく色々な国の乾癬患者と交流を深めていくことです。乾癬患者同士、世界規模で協力し合うことで、乾癬をとりまく社会環境の改善、乾癬患者のQOL(=Quality of Life)の向上に努めていきたいと思っています。

 

(本記事中の乾癬に関する記述はあくまで個人の体験や経験であり、症状や治療の経過・結果には個人差があります。)

 

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